80年代後半のリマの精神状態を記憶する試み――小説《El cerco de Lima》

悪名高い対テロ軍組織のメンバーの個人的な来歴に光を当てた小説《Albatros》を読んだ後、私はもっと中立的なポジションから、ペルーの「汚い戦争」について読んでみたいと思った。タイミング良く、今年2013年にアンカシュ県出身のベテラン作家オスカル・コ…

教育問題を扱うコメディと性の問題を扱うダンス――《Escuela vieja: todo lo que quiso olvidar sobre la educacion peruana》と《PerVIÉRTEME》

■リマに舞台芸術シーズン到来 リマの春(9月−11月)は舞台芸術のシーズン。関連イベントが立て続けに開催される。まず、以前このブログで触れた「ペルーにおける舞台芸術の制作・上演援助」(Ayudas a la Producción y Exhibición de Artes Escénicas en Perú…

若者たちの捉える「暴力の時代」――アルゼンチン・チリ・ペルーでドキュメンタリー演劇の連鎖

アルゼンチン、チリ、ペルー。この3つの南米国の演劇シーンで、あるドキュメンタリー演劇の連鎖反応が起きている。 3国は――この3国だけではないが――国民の人権が著しく侵害された独裁的な政権の時代を、十数年から二十数年ほど前に経験している点で共通し…

「暴力の時代」の肖像――《Albatros》

■暴力に怯えた80年代のリマ 前回、紹介した小説『リマ風サキュバス』《Súcubo a la limeña》では、親の代がおそらく80年代に地方から首都リマに上京してきて、旧市街地周辺の貧しい地域に生まれた女子大生がヒロインだった。彼女イサベルは四人姉妹の次女で…

小説《Súcubo a la limeña》の和訳(最初の方)

この小説の面白さをわかってもらいたくて、第1章の最初の節を試みにきっちり訳してみました。 よろしければ、下のリンクからPDFファイルをダウンロードして読んでみてください。感想を聞かせてくだされば嬉しいです。 Sucubo_traduccionJap11.pdf

18歳の若者が切り込むリマの人々の差別意識――《Súcubo a la limeña》

■持続的な経済成長を背景に ペルーの首都リマに住んでいて感じる、日本の都市との違いといえば、やはりすざまじい経済格差だろう。リマ市の中には、使用人が何人も働く大邸宅の並ぶ地域もあれば、上下水道のない劣悪な環境の地域も目立つ。そして、植民地時…

国際ダンスフェスティバルで「ペルー賛歌」を踊ったグループが示唆すること−−D1 "¡Mi Pachamama!"

ダンスグループ「カンパニーD1」が新作《¡Mi Pachamama!》を、第25回「新しいダンス:リマ国際フェスティバル」(DANZA NUEVA - XXV Festival Internacional de Lima/2013年6月6日〜7月13日)の最後を飾るプログラムとして発表した。このフェスティバルは毎…

過渡期を生きる家族の再会−− Mariana de Althaus "El Sistema Solar"

Mariana de Althaus(1974-)は2003年から現在までに10作品を発表し、それらを自ら演出し、精力的に活動している注目の中堅劇作家だ。昨年2012年は、2つの新作を上演。そのうちのひとつ、10月から12月にかけて初演された最新作《El Sistema Solar》はEl Com…

四半世紀を超えて活動するリマの身体パフォーマンスグループ Íntegro

■意志を持った体と物体としての体の狭間でバケツの水をぶちまけると、レモングラスの香りが客席に仄かに匂ってくる。舞台の一角にできた水溜まりの上で、先ほど衣装を脱いで短いショーツ一枚になった中年女性パフォーマー(Ximena Ameri)が両脚を前後に伸ば…

スペイン語版ブログを立ち上げました

スペイン語版のブログを立ち上げましたのでお知らせします。先日公開した"Números Reales"の劇評のスペイン語版を書いて公開することから始めています。内容的はこのブログへ書いているものと重なる部分が多いですが、読者対象としてペルー人を念頭に書いて…

「暴力の時代」と孤立する核家族――Rafael Dumett "Números Reales"

■孤立したカルデナス家で起きた「父親殺し」 リマに暮らす中産階級で、高校生くらいの息子が二人いる四人家族の話。家族のことを全く顧みず、母親を愚弄し、暴力をふるう父親を長男は殺してしまう――これが物語の骨子なのだが、舞台に終始、寒々とした空気が…

文化集団ユヤチカニとサマースクール

■ユヤチカニというグループ おそらく日本で最も知られている演劇グループ(そして、もしかしたら、知られている唯一のグループ)は「ユヤチカニ」(Yuyachkani)だろう。ユヤチカニは1971年に結成され、来日こそしていないが、中南米・アメリカ・欧州での海外…

「芸術と共同体 国際舞台芸術祭2012」とプクジャイの活動

■スラムの若者たちのパフォーマンス 首都中心部にあるリマ美術館(Museo de Arte de Lima, 通称、MALI)は、ペルー独立50周年の栄華を顕示する博覧会の会場として19世紀後半に建設された、それ自体が美術品のような建物である。 その美術館のホールで「芸術…

ペルーの参加する観客たち

ペルーの子どもたちの舞台への反応はとてもビビットだ。舞台から俳優が問いかければ元気よく応えるのは勿論だが、それだけでなく、誰かが主人公に悪さを仕掛けようとしている場面では、主人公に注意を喚起するし、追いかけっこやかくれんぼの場面では、「あ…

ブレヒトの影響

ラテンアメリカ演劇に詳しい里見実氏は「ラテンアメリカで、ブレヒトの思想と方法は活きた火山帯として、現に激しく火を吹きつづけている」と書いている(『ラテンアメリカの新しい伝統』晶文社刊、1990)が、イスマエルがブレヒトから受け継いだものは題材…

観客志向の気の長い公演スタイル

同劇団は2009年9月以来、1本の作品を3カ月近くに渡って、毎週土日に1回ずつ上演するというスタイルを採っており、驚いたことにほとんど休演期間をおかない。年間4本の作品をそれぞれに高い完成度に磨いた上で次々舞台に掛けることができるのは、アベハ時…

ベテラン演出家と若手俳優で精力的に活動

首都リマ市では児童演劇が盛んである。主な区(distrito)の各文化センターや博物館、美術館で児童演劇が上演されている。東京では夏休みなど特定の時期のみしか目立たないが、リマでは年間を通して、毎週末のように行われている。2009年からリマで活動して…

チェルフィッチュ『私たちは無傷な別人だろうか』――新しい探索の始まり

掲題の舞台を3月7日に横浜美術館レクチャーホールで見た。『私たちは無傷な別人だろうか』で岡田利規は新しい方法による演劇的な探索を行った。導入した方法が可能にしたいくつかの手法を試した。その試み自体は面白かったが、うまくいっている面とそうで…

ままごと『スイングバイ』――悪い冗談('10年3月18日)

「なんじゃこりゃ?」である。 悪い冗談としか思えない。 けれど、呆然としつつも、これに注目すべきなのだろう。今の日本にこんなものが出てきてしまったということ、そして、それを支持する層の存在を認めないわけにはいかないだろうからだ。戯曲の基本的…

再録作業の経過報告

このエントリより、「前の日」までで、ホームページ(What Dance Says to Me:稲倉達の書庫 http://homepage1.nifty.com/ine/index.html ←当時のURL)からの再録は終了です。「次の日」からは、ブログ(ine's daypack http://ine.way-nifty.com/daypack/ ←…

砂連尾理+寺田みさこ『loves me, or loves me not』――じゃれみさのデュエットとは何か ('05年6月8日)

2005年2月12日(土) 15:00 シアタートラム 振付・演出・出演:砂連尾理+寺田みさこ 舞台美術:池田ともゆき 照明:吉本有輝子じゃれみさの現在的意義 本日、世田谷パブリックシアターで初日を迎える『禁色』の公演を前に、伊藤キムは朝日新聞のプレビュー記…

勅使川原三郎『KAZAHANA 風花』――美学的基盤をシフトさせる勅使川原('05年5月15日)

2005年2月5日(土) 18:00 新国立劇場中劇場 構成・演出・振付・美術・衣装・照明:勅使川原三郎 選曲・演出助手:宮田佳 ダンスミストレス:佐東利穂子 出演:宮田佳、佐東利穂子、吉田梓、大野千里、ブリス・デソルト、ブルーノ・ペレ、クリストフ・ドッズィ…

マレビトの会『島式振動器官』――イメージのパッチワークの中に埋め込まれたある心情('04年6月3日)

2004年6月2日(水) 19:30 こまばアゴラ劇場 作・演出:松田正隆 出演:犬男=枡谷雄一郎、サチ(その妻)=山本麻貴、砂男=田中遊、ミカ(その妹)=武田暁、医者=F・ジャパン 上演期間: 2004年6月2日〜6月6日『島式振動器官』の舞台を見て、つげ義春の「…

「山羊 −シルビアってだれ?−」――オールビー『山羊』の含意すること('04年5月27日)

2004年5月16日(日) 14:00 こまばアゴラ劇場 青年団国際演劇交流プロジェクト『山羊 −シルビアってだれ?−』 作:エドワード・オールビー 演出:バリー・ホール 翻訳:松田弘子 出演:マーティン=志賀廣太郎、スティービー=大崎由利子、ロス=大塚洋、ビリ…

バレエ・プレルジョカージュ「ヘリコプター/春の祭典」――インタラクティブ・ビデオアートの応用に注目('03年11月12日)

2003年11月8日(土) 18:00 新国立劇場中ホール 振付:アンジュラン・プレルジョカージュ 『ヘリコプター』 音楽:カール・シュトックハウゼン 映像美術:ホルガー・フェルタラー 初演: 2001年『春の祭典』 音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー 美術:ティエ…

マギー・マラン『拍手は食べられない』――コンセプチュアル・アートのざらざらした感触('03年11月8日)

2003年10月23日(木) 19:30 世田谷パブリックシアター 振付:マギー・マラン 音楽:ドゥニ・マリオット 衣装:シャンタル・クルペ 初演:2002年9月16日コンセプチュアル・アートのざらざらした感触 あまり面白い舞台とは言えなかった。ヌーベル・ダンスのビッ…

櫻井郁也「光年呆呆〜非暴力と不服従へのダンス第4番」――踊りへの愛に優る作品作りへの情熱('03年10月29日)

2003年10月24日(金) 20:00 planB 櫻井郁也「光年呆呆〜非暴力と不服従へのダンス第4番」 構成・振付・出演:櫻井郁也 美術・衣裳:櫻井恵美子「9.11」を契機に始めたシリーズの第4弾。休憩を挟んで35分+40分の2部構成で、近頃には珍しく「言いたいことが…

ROSAS:「レイン」から「ワンス」を読む('03年10月21日)

2003年10月4日(土) 15:00 さいたま芸術劇場大ホール アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル:「Once」 振付・出演:アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル 音楽:ジョーン・バエズ「ジョーン・バエズ・イン・コンサート パート2」(ライブ収録アルバム) 初…

天野由起子「ユメノタニマ」――夢の中の身体は、ダンスの装いを纏って舞台に立つ('03年10月17日)

2003年10月15日(水) 19:30 麻布die pratze 天野由起子「ユメノタニマ」 (演出・構成:天野由起子) (出演:加藤奈緒子、山本彩野、カワムラアツノリ、天野由起子、北島由里香)長いソロを終えた天野由紀子は、小さなテント(舞台装置)の入り口で、膝を抱える…

Noism04「black ice」――芸術監督に拍手、振付家には小言('04年12月14日)

2004年12月11日(土) 14:00 新国立劇場中劇場 Noism04「black ice」 演出・振付・出演:金森穣 美術・映像:高嶺格 出演:Noism04=青木尚哉、井関佐和子、木下佳子、佐藤菜美、島地保武、清家悠圭、高橋聡子、辻本知彦、平原慎太郎、松室美香、中野綾子(研…